Nっ子ネットワーク カンガルーの親子

1500g未満で生まれた子供たちのための親子の会「Nっ子クラブ カンガルーの親子」の日々を綴っています。
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カンガルーの親子のNっ子ちゃんが受賞!!

第35回「肢体不自由児・者の美術展」で、我らがNっ子クラブ カンガルーの親子のお友だち、ユカちゃんが毎日新聞社会事業団賞を受賞し、新聞に載りましたよ!!バンザ~イ!!!

医学が進んだとはいえ、小さく早く産まれた子たちの中には、脳性麻痺となったお子さんもいます。
重症仮死だったり
低酸素脳症だったり
頭蓋内出血だったり
脳室周囲白質軟化症だったり
理由は様々です。
カンガルーの親子にも脳性麻痺で車椅子やバギーで生活しているお友だちがたくさんいます。
ユカちゃんも脳性麻痺。
お母さんは、「脳性麻痺と診断されたときは、この先どういう風に成長していくんだろう…不安しかなかったように思います。」と当時を振り返ってくれました。
カンガルーの親子に参加し始めた頃は、まだ脳性麻痺と診断名が付く前だったかな…。ママに抱っこされている赤ちゃんだったユカちゃんの姿を思い出します。
(実はホームページに貼り付けている動画にもチラッと映っています)
それから通園が始まり、なかなか会には来れなくなったけど、通園先にもカンガルーのメンバーもいたりして。
「療育に通い始めた頃は、色々な障がいを持った子どもがいる事にびっくりしたのと、お母さんたちが元気で明るいなぁと思って、自分も頑張らないとと思った」そうです。
現在、地域の小学校に通う二年生。
「子どもの絵が受賞さたのには、ホントびっくりしました。素晴らしい受賞式にも参加できて良かったです。
今は幸せです。
子どもが成長するとともに、悩みはつきませんが、産まれてきてくれて本当にありがとうと伝えたいです。」
と、お母さん。
いろんな苦労や困難が次々と起こっていたのを見てきたので、なんだか、すっかり親戚のおばちゃん気分。
本当に嬉しい受賞の知らせでした。
近々、ユカちゃん親子に会えるので、とっても楽しみです。
by万
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【 2016/12/21 (Wed) 】 仲間たちからのお便 | TB(0) | CM(0)

スタッフ自己紹介⑬

早産で小さく娘を産んだあの日、NICUに毎日通った日々。
無事に退院を迎えても、一般に売られている育児書とは似てもにつかない、小さな赤ちゃんの育児。初めての育児は不安だらけでしたが、初めてのことだっただけに「知らぬが仏」でやりすごせたように今は思えます。

むしろ初めてではないのに、うまく解決しないことの方が、私としては何よりも苦しかった。
それは……人に悩みや不安を打ち明けること。
同じく母親になった友人たちとの、育児に対する考えのギャップ、子どもの病気や発育に対する意識の大きな溝。

未熟児特有の悩みを、次第に一人で抱え込むようになりました。当時は相当まいっていたのでしょう。友人はおろか、家族にも、夫にも誰にもわかってもらえないという思いにさいなまれ、誰にも相談することもなく夜中にひとりでもんもんとする日々が続きました。

「Nっ子クラブ カンガルー親子の会」は、産後すぐに知ったものの、車を運転しないこともあり足が遠のいたまま時が過ぎました。
初めて参加したのは、たしか出産から1年半経った頃でしょうか?
会では小さく生まれたこと、NICUに入院していたことは前提。初めてお会いしたお母さんたちとの挨拶は「どこの病院?」「何週だった?」がふつう(笑)。
産後に抱えていた不安、育児に関する悩み……皆それぞれ抱えるものは違うけど、ある種の“共感”がここにはあり、それを“共有”できる。この“存在”こそが当時の私を、一人で悩むという負のループから救ってくれました。たくさん話し、たくさん泣き、たくさん笑い、支えてもらったのです。

子どもは2012年10月生まれ。26週5日、622gで誕生。現在、SGA性低身長で成長ホルモン治療中。元気に毎日、保育園に通っています。

私自身はというと、フリーランスの編集者・ライターとして仕事をしています。
この職業に目を付けられ(笑)、Nっ子メンバーになってからほどなく「カンガルー通信」の通信部員へと勧誘されました。
フリーランスといっても子どもを持ってからというもの、時間の融通はほとんどきかなくなってフルタイム勤務のよう体制で仕事をしています。そのため、スタッフといっても定例会に時々参加する程度の幽霊部員。そんな私でも、少しでもお役に立てれば…との思いで「カンガルー通信」を作成しています。愉快な仲間とともに(それが心強い!)

Nっ子クラブの存在、メンバーの存在は、とても力強くとても温かい。そして懐も広い(笑)。かつての私のようにもしも一人で悩んでいたりするお母さんがいるならば、ぜひ会合に顔を出してみてください。FacebookやHP掲示板でつながってみてください。言葉に出さずとも気持ちが分かりあえる仲間たちの存在を感じるだけでも、気持ちがふっと軽くなる。それが、Nっ子クラブマジックなのです☆

byきのっぴ
【 2016/02/20 (Sat) 】 仲間たちからのお便 | TB(0) | CM(0)

スタッフ自己紹介⑫

今年度からスタッフとなりましたりおママです。一人娘のりおがNっ子です。

まずは、出産経由について。
22週と6日526g、徳洲会にて自然分娩で出産しました。妊娠当初から出血が続き、自宅安静の日々でした。
総合病院の産婦人科に行って入院するべき⁈と思いながらも、かかりつけの個人産婦人科に通院していました。
22週と5日目の朝、お腹の張りを感じ、いつも通りその病院に行ったところ、ようやく紹介状をらもらい、その日の午後徳洲会へ、切迫早産で即入院となりました。
今生まれたら大変なことになると説明を受け、これから4ヶ月近い入院生活になることへの不安もありましたが、やっと入院できたという安心感の方が強かったと思います。
ところが、その数時間後病院のベッドで破水し、訳のわからないまま出産となったのです。
この時の気持ちは、もう悪夢を見ているようで、生きた心地もしないし、なんて大変なことをしてしまったんだという恐怖、もっと早く対策しておけばという強烈な自責の念で一杯でした。
ただ、自分を責めながらも産まれた現実が目の前にあったので、今この子のためにできるのは何か?だけを考えて少しずつ現実も受け止めNICU時代を乗り越えました。

この会とは、NICU入院中に徳洲会掲示板の貼り紙で知り、師長さんにもすすめられ、参加してみることにしました。
色んな現実を知り、最初はとまどいもありましたが、育児書やネットにはない、生の声・特殊な情報が満載で退院してからの生活にもとても役に立ちました。
何より仲間がいて、話せる環境があるというのが一番の支えになりました。未熟児でなくても育児の悩みは耐えないし、ストレスの吐き出す場所は大事ですからね。
そんな好環境の中、旦那転勤により、一歳半で大阪へ引越しました。離れてからは掲示板をたまに見たりするくらいで、会のことは遠くから見守っていました。

育児も落ち着き、2人目を考えましたが、りおの前の2度の初期流産・そして早産を考えたら不安で不育症専門の婦人科で調べてもらいました。
やはり、私は早産しやすい体質ということがわかったので、2人目は諦め、その分りおのことを一生懸命育てようと、旦那とも決めました。
一年生なる前に東京転勤となり、横浜へ引越し、横浜の小学校に入学はしたのですが、独りっ子の娘のためには、やはり親戚家族のいる福岡で生活すべきではないかと考え、会社に無理を言って(クビ覚悟で⁈)福岡に転勤させてもらいました。そして今はいとこの家と徒歩5分の距離に住んでます!

現在、りおは小学校2年生。ダンスと習字を習ってます。
成長ホルモン分泌不全(早産との因果関係は不明)で毎晩注射打ってますが、本人はもう慣れました。
まだまだ背は小さいですが、本人は未熟児だったことも、この治療も理解してくれてます(と思う、、)。

最後に私の紹介も少し。
大学卒業後、証券会社で4年営業し、ニュージーランドへ半年間語学留学、医療系でまた2年営業。
結婚し派遣で仕事中に妊娠して退職、それ以降専業主婦で今に至ります。
自信持って得意と言えることは何ひとつないですが、「やらぬ後悔よりする後悔」がモットーで、趣味は浅く広く、色んなことに少しずつ手を出してます!文化系より運動大好きです。アルコールも大好きなので、そのための料理も好きです。

こんな私ですが、会で少しでもお役に立てたらと思ってます。
ブログ読んでお分かりの通り、会には多種多様なスタッフがいますので、お気軽に参加してみて下さい!
長文お付き合いありがとうございました。

byりおママ
【 2016/02/05 (Fri) 】 仲間たちからのお便 | TB(0) | CM(0)

スタッフ自己紹介 11

妄想族の岩本玲子です。‘玲子’最近は‘岩本ね~さん’とも呼んでもらってます。

会へは、第一回定例会から参加しています。
Nっ子の息子は、当時、中学3年。「3・4時間目を連れ出します。給食時間には戻しますので。」と教頭先生に直談判して、第一回定例会に息子も一緒に参加してくれたのでした。
あれから8年かぁ~早いなあ。小っちゃく生まれた息子も、昨年、大学を卒業し、自分の力で社会へと漕ぎ出しました。
 
一応、ここで基本情報を。
・第二子(長男)
・出生体重:850g
・在胎週数:25週1日
・出生:熊本赤十字病院、入院:熊本市立熊本市民病院
・入院日数:142日
 
(出産の経緯…)
まだ、お正月気分の1月9日、夜、自宅で破水をし、突然の入院となりました。その昼間は祖母の米寿祝いのため、遠方に出かけていたのですが、2歳の娘が発熱したため、早々に帰宅していたのでした。もし、娘が熱を出していなければ、外出先で破水し、遠く、よく知らないところで緊急入院することになったのかもしれないと思うと、娘の発熱が私たちを助けてくれたのだと感じています。
そして、陣痛を抑える点滴。医師は最低1か月は持たせます!と宣言されましたが、息子は出てきたかったのでしょう、1月13日、ひどい雷雨が降りしきる夜中、彼は生れてきました。産声はほとんど聞くことが出来ず、分娩室の空気がとても重たかったことを覚えています。ラップフィルムに包まれて心臓マッサージを受けながら、慌ただしく運ばれていくのを目で追いかけていました。そして、ほんのちょっとのぞいた息子の足の裏。夫足の形にそっくりで、ただそれだけを目に焼き付けました。
 
(告白…)
その息子が、第1回定例会に一緒に参加してくれたのです。それは本当に本当に宝物なのです。というのも、正直にお話しすると、息子がNICUを退院してから、自宅でともに暮らす生活が、私はとても辛く苦しかったからです。
未熟児で生んでごめんなさい。
痛い、辛い思いをさせてごめんなさい。
周りの人はみんな、早産したのは私のせいだと思っている。
どうせ、私の苦しさなんか誰にもわからない。
立派なお産できなかった私は、落第点。
どうせ、どうせ、どうせ……私なんか、母親失格。
そして、抱いてもあやしても泣き止んでくれない息子は、私のことを受け入れていないと感じ、その泣き声が毎日私を責めているようでした。たくさんの人に助けてもらった大切な大切な命のはずなのに、だんだん「かわいい」「愛しい」と感じなくなっていきました。母親としてそれは絶対感じてはいけない気持ち、ましてや口にしてはいけない言葉でした。だから、毎日毎日その感情を飲み込み続けました。そして、その苦しさ・悲しさ・イライラは、だんだんと息子への暴力に代わっていきました。それは完全に「虐待」でした。明日の新聞記事になるのは自分かもしれないと恐れていたことも事実です。けれど、何年もかかって、家族や友人の力を借りて、それを乗り越えていきました。
その息子が、第一回定例会で何も言わず一緒に行って、横に座っていてくれたのですから、再び母としてやり直すチャンスをくれたのだと思いました。
 
(私にとっての会とは…)
会の活動をする中で出会ったピア傾聴(その土台となる再評価カウンセリング)は、私の中にある本質を探し出してくれ、そして認め合い支え合う仲間にも出会わせてくれました。更に、ワタシらしくあることが、娘・息子へも幸せを運んでくれると教えてくれました。
こどもたちの体も心も傷つけてしまった私の育児は、間違っていました。けれど、その間違いをやり直すのに遅いことはありません。今ならそう言えます。二人の姿が、そう私に教えてくれ、確信を持たせてくれました。そして負の連鎖をしないために、これからも私の心と体を使っていきたいと思っています。
「こどもをかわいいと思えない」人には言えないそんなキモチも、飲み込まずに吐露できるところ‘Nっ子クラブカンガルーの親子’。支えてもらった人が、また次の誰かのチカラになる、そんなつながりがつづくといいなぁ。それが私の最高の妄想なのです。これからもよろしくお願いいたします。
(長くなりましたm(__)m最後まで読んでくださってありがとうございます。)
by iwamoto
【 2016/01/09 (Sat) 】 仲間たちからのお便 | TB(0) | CM(0)

スタッフ自己紹介⑩

スタッフ倉庫番人 みそらママです。

会での私のお仕事は、倉庫の管理人さんです。
最初は、少なかった会の荷物も今では、どっさり。年々増えている??かもしれません。
出荷・入荷の管理と、倉庫に戻った荷物をふいてきれいにしています。
エタノール消毒するのが好きかも(笑)

さて・・・カンガルーの親子が発足した年、
突然の破水で、息子を24週5日 832g 帝王切開にて出産しました。
息子の退院後、保健師さんが自宅に訪問に来られた時に、カンガルーの会のことを紹介してくれました。
とにかく連絡して行ってみよう!と第2回目の集まりに参加したのが始まりでした。
同じ境遇のママたちから話を聞いてみたい、会ってみたい気持ちでいっぱいだったと思います。

療育やリハビリと、ばたばた!と生活してきたら、気が付けばもう息子は小学2年生です。
学校にあがるまで、振り返れば長い道のりでした。ここにたどりつくまでは、会のみなさんに、たくさん話を聞いてもらい、相談にのってもらい、いっぱい泣きました。
今でも新しく来られたママの話を聞いて、当時を思い出して泣いて、参加するうちに、私が元気になっていく場所がここだなぁ~と思えています。

小学1年生になる時に、“バリアフリーの家に住む”、“地域の学校に行こう”を家族で決意!
願いかなって、家の前は学校という場所にお引越し。
学校では、初めての肢体不自由の子どもが入学する、車椅子を使用しているということもあり、私が1日中、学校で付き添いしていました。2年生になった最近では、給食や体育や行事のとき以外は、付き添いも減っていき自由な時間もできました。
少しの時間を活かし、自宅で『Caminoかみーの』という、資格を持つママが先生になり、ママ達が集う教室を始めています。
おしゃべりを楽しむ!が目的でもあります。

元気だけが取り柄の私、実は体育学部出身。今年は障がい者スポーツ指導員の資格を取得しました。
障がいがあっても、たくさん楽しめる競技があることを知り、わくわくしています。
ボランティア活動を通じて、息子と一緒にスポーツを楽しめたらと思っています。
カンガルーの親子の会の中でも紹介できたらな~と思っています。
バリアフリーの家に興味ある方、お宅訪問OKです。
福祉住環境コーディネーターの資格も取りました、少し相談にのれるかも??です。
声をかけていただけたら嬉しいです。
【 2015/11/11 (Wed) 】 仲間たちからのお便 | TB(0) | CM(0)
プロフィール

Nっ子ネットワーク カンガルーの親子

Author:Nっ子ネットワーク カンガルーの親子
福岡・筑紫エリアを主な活動拠点としている1500g未満で誕生した体出生体重児のための親子の会です。毎月開催するカンガルー広場(学習会や茶話会など)、ピア傾聴講座、カンガルーサロン(飯塚病院、福岡徳洲会病院)、その他様々な活動を展開しています。

会へのお問合せはホームページ、またはこのブログのメールフォームをご利用ください。

各集まりの日程は予定表をご覧ください。

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